僕らは交尾する




 ぽつぽつと雨が窓を鍵盤にして穏やかなメロディーを奏でている。ぐにゃぐにゃした五線譜を描いて水滴が流れ落ちていく。何をするでもなく裸の僕らはそれをぼんやりと眺めていた。こういう雨の日に限らず、湿度の高い日だと僕のような猫族はどうにもやる気がなくなる。こうやってのんべんだらりとベッドの上でゴロゴロしているのが理想的。隣に温かい誰かがいると、もっといい。
 横に寝ている姉さんを見る。雌だ。柔らさを孕んだ体つきも、青い林檎のような乳房も、匂い立つ体臭も。全てが雌だ。成熟して、雄を受け入れんとしている雌だ。僕の雄が少し熱を持ったが、すぐに収まった。そんなことをするには雨の旋律が穏やかすぎる。
 姉さんが僕の視線に気づいたのでなんでもないと首を振った。体を寄せてきたから僕もくっつく。肩から姉さんの生の息遣いが伝わってくる。僕はとても落ち着いて、また少し欲情した。
 床の携帯が鳴った。このままでは手が届かないので僕は仕方なくベッドから降りて不協和音を科作りだす小さな機械を拾い上げる。姉さんが不興気に鳴いたのですぐに隣に戻り、さっきのように体温を寄せ合った。また少し、欲情した。
 彼女からのメールだった。今何してる、の決まり文句に始まり、今日のデートが雨でお流れになってしまって残念だった、また今度行こうね、じゃあまた明日。内容のレパートリーは乏しいのに装飾のそれは多彩だ。
 どう返信しようか考えているところで姉さんが横から覗きこんでくる。隠すようなものでもなかったので見せた。内容を一瞥するなり姉さんはまた雨を眺める。そっちの方が面白いんだろう。その横顔はどこか霞んでいる。
「残念だった?」
 姉さんが聞いた。僕は携帯を閉じて聞き返す。
「何が?」
「今日のデート。行きたかったんでしょう?」
 そう言われて僕は今日行く予定だったデートコースを思い返す。久しぶりにできた彼女だったから失敗のないよう慎重に、よく知っている場所を選んだつもりだ。あの店は姉さんと何度も行ったからどこに彼女好みの服があるか分かっていたし、あの店も何がおいしくて何がまずいのか、姉さんと僕の意見がだいたい一致するまで一緒に行った。僕がよく知っている場所とは、つまりそういう場所だ。行きたかったかと聞かれると、正直よく分からない。姉さんと一緒の自分は想像するまでもないけど、彼女と一緒の自分をそこに置こうとするとどうもしっくりこない。ヴィオラで呼ばれてヴァイオリンを手渡されたときの気分に似ている。
「残念だよ。行きたかったと思ってる」
 僕は気分に任せてそう答えた。姉さんは窓から目を離さないまま僕から携帯を奪い取った。
「彼女とはうまく行ってるの?」
「今のところはね」
 取り戻そうとする僕の手に姉さんは噛みつく。じゃれつくように、何度も何度も。その痛みがまた僕を欲情させる。
携帯を奪い取った僕の手を姉さんはいたわるように舐めた。貪るように、何度も何度も。桃色の乳首がピンと立っていた。僕がそこに舌を伸ばそうとすると姉さんは戯れへの興味を失ってまたぼんやりと視線を窓に預けた。
 僕は携帯をまた開いて、履歴から彼女の電話番号を呼び出す。さっきメールを送ってきたくらいだからすぐに繋がった。
「やあ。メール見たよ。何してた? 本? ああ、この前読んでたやつか。へぇ、あれってシリーズなんだ。有名なの? 全然。そうか。それでね。うん。今日デート中止になっちゃったね。ごめん。え? そうだね、悪いのは天気だね。でも、ごめん。僕は君と別れようと思う。え? いや、冗談じゃないよ。僕はそういうの嫌いなんだ。本気だよ」
 姉さんは僕に体を寄せるとその股に僕の脚を絡め取って股間を擦りつけた。しゅに、しゅに、と音がする。姉さんの体が熱く火照っている。僕は欲情する。
「理由……理由か。君は何も悪くないよ。これは本当。嘘じゃない。本当だってば。信じてよ。君が嫌いになったわけじゃない。ただ、そうだな……メールかな。メールがなんとなく、ね。そう。相性が悪かったんだよ、僕たち。だから、ごめんね。できればまた友達として重奏できるといいね。ごめ――」
 電話は僕が一方的なせいで一方的に切られてしまった。すかさず姉さんが携帯を奪い取り電源を切って放り投げる。床に叩きつけられた携帯から電池カバーが跳ね飛んだ。
「重奏、しましょ」
 姉さんはベッドから立ちあがってピアノに向かう。その股ぐらからとろりとした体液が糸を引くのを僕は見た。
 僕がヴィオラを顎で挟むのと、姉さんがピアノの前に座るのと、どちらが先だったか。どちらともなく演奏を始めた。
 即興曲、リズムは雨音。姉さんが主旋律を放ち、僕はそこに低く長く変化をつける。やがて場が高まってきたところでほとりと受け持ちを逆転させる。僕が深く強い主旋律を作り上げ、姉さんはそれにぬらりと絡みつく。響きあい、通じ合う、言葉では辿り着くことのない至上の交感。姉さんはしっとりと上気していた。白桃のような肉房が鍵盤を叩く指に合わせてふるふると震える。打ち振られる尻尾から落ちる汗の玉がぴちぴちと床に散る。僕の生殖器はぎちぎちと血を含んで痛みを感じるほどに膨れ上がっていた。
 演奏は始めと同じく唐突に終わった。室内から音の波が引き、雨の音が流れ込む。
 姉さんは深く長く息を吐いた。
「交尾、しましょう」
 僕は姉さんの腕を掴んで床に引き倒す。体重の差は大きいから僕がのしかかってしまえば姉さんは逃げられない。そのまま体を擦りつけた。汗に濡れた互いの毛皮が、その下にある皮膚が、互いの匂いを教え合う。それで足りなくなると僕は姉さんを仰向けにして首筋に噛みついた。
「あぁっ!」
 悲鳴を上げる姉さんを抑えつけ、僕は一気に挿入した。そのままガツガツと、獣の勢いで突き上げる。容赦などしない。弟の雄で、姉の雌を蹂躙し、凌辱し、征服する。慣らされもせずに男を受け入れてただ締め付けるだけの淫壁を僕は繰り返し擦り上げる。跳ねる姉さんの肉体を押さえつけ、荒い腰使いで責め立てる。限界はすぐにやってきた。我慢などしない。少しでも早く絶頂に至ろうと腰の動きを速め、ひたすらに奥を目指す。ぐじゅぐじゅと結合部から溢れ出た愛液が床に白い泡を撒き散らす。顎を離し、最後の一撃を送り込んで、僕は射精した。
「ッく……ぁっ……!」
「にぅっ……!」
 どくどくと輸精管を伝って僕の精液が姉さんに流し込まれる。姉さんも熱いしぶきに軽く達したようで身をくねらせて悶えていた。
 陰茎を引き抜くと赤い薄肉がどろりと白濁液を吐き出した。ぐったりした姉さんを今度は仰向けにすると僕はその股間に顔を埋め込んだ。鼻を柔らかな陰毛に擦りつけると甘やかな汗や刺激的な尿の匂いに混じって先程吐き出した雄汁や甘酸っぱい愛液の匂いが零れる。鼻孔を満たすそれらを僕は胸一杯に吸い込み、堪能した。アルコールにも似たその香気は僕の理性を酔わせ、本能を力づける。勢いのままに僕はにゅるりとひくつく肉門に口をつけて舌を差し込んだ。
「みゃっ……」
 先程まで無反応だった姉さんの体が震える。舌で内壁をくちくちと弄ってやると反応が大きくなった。体をよじって逃れようとするのを抑えつけて舌をもっと奥に這わせてやる。それではお互い物足りなくなってきたのが分かったので、今度はちゅっちゅと中身を吸い出した。姉さんの愛液と、僕の精液。二つの味が口の中で混ざり合ってなんとも言えない味になる。頬にその混合液を溜めつつ、ぴちゃぴちゃと、赤ん坊のように無心に啜った。
「にゃぁっ、そんな音立てないでよっ!」
 口ではそう言っても、姉さんのむっちりした内腿は僕の頭をぎゅぅっと締め付けて離さない。膣奥からも吸っても吸っても蜜が染み出てくる。あらかた吸い終わった僕は口の中のものを媚肉の中に流し込んだ。最初は何をされたのか分からなかったらしい姉さんも勢いをつけて吐き出してやると身をくねらせて悶える。
「どう? 射精されてるみたいだろ?」
「っにぃっ……!」
 体内の敏感な部分に誰かの体液を流し込まれる。それがどんな感覚なのか、僕には分からない。分からないが、それがひどく屈辱的で、それでいてとても歓びを伴うものだということは姉さんの声から想像できた。
 頭を戒める脚を押しのけて顔を上げると息を荒げる姉さんと視線が重なった。その濡れた瞳が僕にもっと、もっとと囁きかける。それに応えて両の手で乳を鷲掴みにした。先程おあずけをくらったこともあって爪を立てるぐらいの勢いで揉みしだく。硬くしこった先端部を手の腹で適度に潰してやるとにゃふんと甘い声が漏れた。
 僕はいったん双球から手を離すと、姉さんの脚を押し開いた。おとこを求めてわななくおんなに僕の獣を押し付ける。ぬるつく先端で何度か入口を撫でてやると姉さんは切なげな鳴き声を上げて腰を突き出してきた。
「ねぇ……早く来なさいよ……入れたいんでしょう?」
 そうだとも言いたかったし、違うとも言いたかった。だから何も言わずにぐっと腰を押しだした。
「ああっ……」
 ぐじゅり、と。僅かな抵抗を越えて僕の凶暴な部分は肉壺に呑み込まれた。愛撫を経たこともあって内部は一度目が比較にならないほどこなれていた。全方向から肉襞が貪欲に肉茎に吸いつき、甘美な蠕動が奥へ奥へと誘い込む。肉槍がこつんと奥にぶつかったとき、溜息を漏らしたのははたしてどちらだったか。僕にはもうよく分からなくなっていた。
「全部……入ってる……」
 姉さんはそう言うと僕が埋まっているであろう部分をそっと撫でる。それだけで秘肉がきゅっと収縮し、僕は暴発しそうになったのを必死に堪えた。ゆっくり息を吸って、吐く。ゆっくりと腰を引き――勢いよく叩きつける。
「かはっ!」
 衝撃に姉さんは目を向いて吼えるが、僕はそれを繰り返す。腰を引くと柔肉が離すまいと追いすがり、突くと最奥まで一気に飲み込まれる。それを大きなストロークで何度も何度も繰り返す。肉と肉とがぶつかりあってなんとも言えない音を立てた。歓びに慄く姉さんの体をかき抱き、腰だけを狂ったように前後させる。姉さんの痙攣する尻尾を自分の尻尾で絡め取り、動けないようにする。
「も……もう駄目! 駄目ぇっ!」
 姉さんが遂に絶叫する。僕は腰の動きを極限まで速め、最後の最後で一番奥、子宮口をごりりと擦った。
「んにゃあぁぁぁっ! 出てるっ、出てるぅっ……!」
 僕は溜まりに溜まった雄汁を実の姉の中にぶちまけた。睾丸で生産された精子がぞくぞくと卵子を妊娠させるために送り出されていく。
 互いの体が絶頂に震える中、姉さんは小さく何事か呟いた。それが何か聞き取れないまま、僕は体を離す。強烈な絶頂から滑り落ちて、姉さんは意識を手放していた。

 こんなことになったのは、いつからだろう。普通の姉と弟だった僕たちが交尾するようになったのは。一線を踏み越え、姉弟ということに何の罪悪感も覚えなくなったのは。
 僕と姉さんはたまに恋人を作る。しばらくは続く。でも、必ずさっきみたいなことが起こって、恋人と別れて、僕らは交尾する。姉さんはピルを飲んでいるから大丈夫と言うけれど、僕はそれが絶対じゃないことぐらい知っている。でも。だから。それでいいじゃないかと思ってしまう自分がいる。姉さんと今のままの関係でいて、姉と弟で交わって、いつか姉さんが孕んでしまえば、それで全てが終わりだ。
 それでいいような気もする。たぶん姉さんも似たようなことを考えているのだろう。僕らは仲良く狂っている。だから――
 二人一緒の破滅なら悪くない。壊れた携帯を拾い上げた僕はそう思った。




アトガキ